追悼:Web業界の巨星、福井信蔵さん
2024年10月23日
福井信蔵さんがお亡くなりなった事をXでイム ジョンホさんのブログが流れてきたことで知りました。
note(ノート)
メーリングリストで流れてきたキラ星のような仲間たちとbAをつくったという知らせ。 20歳頃、ウェブデザインに出会いむさぼるようにいろんなサイトを見ていた。とにかくウェブデザインその...
福井信蔵さんといえば、90年代から2000年一桁世代にWeb制作を生業にした人にとっては文字通り「神」です。
「紙でも映像でもないWebサイトのデザインとはこういうものだ」というのを、圧倒的なデザインとして世にだした方といっても1mmも誇張がない。
福井信蔵さんに僕は直接お会いしたことはありません。 ですが90年台からWeb制作に関わっている以上、当然ながらどこにいても聞こえてくるお名前でした。
僕は1996年に関西でこの仕事を始めたのですが、当時は役者であり声優になることが自分の一番の大きな目標であり行動原理だった。それでも同時期に触れた「Web」というものに魅了されて、同時ものすごいいろいろなやり取りが繰り広げられていた某メーリングリストも当然みていました。
自分の中で「Webを本業にすることはないけど、これは凄い…」とただただ口を開けてぼーっとするほどかっこよかったのを覚えています。
そして、2004年にこの仕事を本業にして、mixiができました。
mixi内にできたWebクリエイターのためのコミュニティ「WebSig24/7」で同い年でbAにいる森田雄君にであった。
彼は福井信蔵さんが創業したbA(Business Architects)で第一線にいた。その彼を通してbAにあるクリエイティブの源泉、福井信蔵さんが作ったそれを間接的に感じていました。
当時、僕は29歳だったが、その圧倒的な経験と練度と密度に「同じ年でこんなやつがいるのか…」と驚愕したのは今も覚えている。そしてそれは今も変わらず感じていて、何をやっても追いつけない。でも、追いつけないから今も頑張れているので、決してネガティブな気持ちはない。
福井信蔵さんが創業したbAを通して、そのクオリティであり、そこを目指す姿勢に畏怖と憧れが同時にありました。
僕にとってですらデカすぎる巨星であり目標であり進む道を切り開いている方だっただけに、とてもとても残念です。
福井信蔵さんの切り開いたWebデザインの世界に献杯を捧げ、ご冥福を謹んでお祈り申し上げます。