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名村が仕事をしている上で極めて大事にしている「自分へのフォーカス力」について

マイナスな言葉を使う理由はないですよね

マイナスな言葉を使う理由はないですよね

ここしばらく、主にFacebookのウォールに流れてくる記事を見ていて、ある意味「イライラ」していることがあります。

それ自体は「最近の時代の流れなんだろうなぁ・・・」と思っているのですが、個人的には最終的に「勿体無いなぁ・・・」と思っていて、そんな話をしたいと思います。

ただ、物凄い「精神論」な話になっています。
僕はそういう方面の話が多くなりがちなのですが「心の持ち方」ってのは大事だということも最後に書いていますので、その点はご了承ください。

人の批判・批評って楽しいいですか?

もうこのタイトルが全てなんです。
最近Facebookなどのウォールに流れてくる内容に、なんというかニュースへの批判・批評の記事がものすごく多くありませんか?

個人的に「職業評論家」「職業批評家」の方の記事はは全く気になりません。
ただ、そうでない人が「代替案」を出さないまま「批評」「評論」をしている、というのを目にするのが。ものすごく苦手です。はっきり言ってしまえば「嫌い」です。

ネットが出来て、2010年ごろまでは恐らくそれらってのはギリギリ「2ちゃんねる」の中に収まっていたような気がしています。

ただ、ここ1〜2年、それまで「2ちゃんねる」に関わっていなかったであろう人も、ニュースやちょっとした世間の事象に対して「大義をかざした尋常じゃないバッシング」をSNSやブログなどに上げているのを、すごく目にするようになりました。


他者批判は自分に返ってきますよ

他者批判は自分に返ってきますよ


最近目に入ってしまった記事で言えば、

  • お店の人がTwitterのフォローを返さないことへの指摘
  • 野々村議員がヅラだったことへ「騙しやがった」的な指摘
  • NHKが夏の暑さを紹介する映像に移った女性が「エキストラ」では?という指摘
  • 近くに精神障害者の受け入れのアパートができることを「災難」と言った記事

これらの話とかが僕が比較的嫌悪感を持った話題です。

この手の話をしている人って、恐らく「自分は悪いことを言っているわけではない。悪いことを言っているわけではないので、何を言っても良い、だって相手は悪いことをしているだから」って思考だと思うんです。
もしくは「人の不幸は蜜の味」といいますから、自分がその標的にされるのは嫌だけど、自分以外、しかも直接自分が会うことがない人への批評・批判はきっと「楽しい」んでしょう。

そして「この手の他者批判」ってのは、上にも書いている通り「直接自分が関わることがない」という圧倒的に安全な場から行っているのが殆どです。

  • 議員なのに、騙していた。
  • 商売人なのに商売としてどうなの?
  • 国民の税金を使ってるNHKのくせにエキストラつかって国民を騙しやがった

ってなことが大義名分になっているのだとしたら、一見その立ち位置は間違えているとは言えないです。

でも、よくよく考えたら「その立ち位置で何か被害を被っている?」「それをいって何を改善したいの?」「ただ反抗期の子供のように文句たれて、俺ってスゴイだろ?って言ってもらいたいだけでしょ?」なはずなんです。

ブログとかでタイトルで「○○な件」というのは、かなりその気が入っていると感じます。
元々この「○○な件」ってのはネットスラングなので、「2ちゃんねる」とかの中では全然いいと思うんです。

でも、普通に考えてこの「○○な件」って日本語、口頭とかならばともかく、一般的にブログとかで使ってて気持ち悪くないのかなぁ?と思うんです。

まぁ、言語なんて時代とともに変わっていくので、それ自体を受け入れないなんてことは全くなくて、若い子とかがそれ自体を流行り言葉として使っているのは全然いいのですが、いい年した人が使ってると「その言葉がどういう風に受け取られるか分かって使ってるのかな?」と思えて仕方ありません。

「○○な件」って個人的には「自分は完全に蚊帳の外から冷静に見ているだけの意見ですからね」的な雰囲気を感じるんです。
要は「この意見は僕には責任は何もないですからね」っていうような。

結局「言いたいことだけ言ってる」ってことで、よくあるのは「○○が全く謎なんだけど」的ないい回しは正にそれです。

「『分からない』とか『どういうことだろうか』じゃなくて『謎』ってなに?」と激しく突っ込みたくなります(笑)



要は、もちろん全てではないですが、「批判をするなら改善案を出す」的なものがごっそり見えないことが多いので、「ただ文句を言ってる」だけにしか見えないんです。

こういうことをいうと、多分「あー、出たよ『代替案出せ』厨w」みたいなことをいう人がいるだろうな、と(笑)

「いやいや、そんなのネタに決まってるじゃん」っていうかもしれないですけど。

こういった話をすると、「いやいや、そんなのネタでしょ?何マジになってるの?ぷぷー」っていう方がいるかもしれません。

話を必要以上に真面目に受け取ってしまうのは名村の昔からの基質なので、それはある意味致し方ありません。

でもね、それ物理的な力が働いていないけど、実際やってること「集団リンチ」でしかないと思うんですよ。

丁度先日のWCANのセミナーの中で、名村はコミュニケーションについて少し触れました。

コミュニケーションは相手がどのように受け止めただけが全てで、その言葉や表現の元となる発信者の感情は一切関係がない。

というのが僕の持論です。

どういう表現であろうと発信者の気持ちが重要視されるならば、僕は今頃俳優として「稀代の名優」ですよ。

だって、「演出家さん、違うっていうけど、僕はそう思って演技をしているんです!」ってのが通じる訳ですから。

とした時「人の感情を傷つけるであろう言葉」を相手に投げかけ、その結果相手が傷つけば、それは100%、その言葉を発信した人が悪いと思っています。(そう言えば似たような経験、この間したな)

それを「いやいや、ネタだよ」とか「本当はそう思っていないのは分かってよ」なんてのは、自分を保身したいがためのいい言い訳で、それ以上でもそれ以下でもないと思っています。

仮に相手が被害妄想的に受け取ったのだとしても、僕はその相手の状態を読み取れなかった自分が悪かったと思っています。

演劇の世界に教えてもらった衝撃的な事実

僕は元々「演劇」に関する世界にいました。

「自己顕示欲の塊のような人間しかいない」世界な訳です。
しかもまだ20代前半・・・言ってしまえば、最近流行りの「承認欲求」な人間ばかりです。

そんな人間ばかりが稽古や本番で良い評価を得られないと、どうなるか?
酒を飲みながら「他者批判」を始めるわけです。

あいつの芝居は○○が全然伝わってこなくてだめだよなー。まったく演出も客も全然そのことわかってねーよ。

てな感じです(笑)

ご多分に漏れず名村もそんな人間でした。(まぁ、今もそれほど出来た人間ではないですが)
でもある時気がついたんです。

この話をして、自分が少しでも成長しているんだろか?

と。

他人の批判・批評は「同じ世界・業界」の人がおこなうのは、これほど簡単な事はないんです。
だって、その業界の専門家な訳ですから、粗はいくらでも見つけられます。

でも、それって「批判・批評の結果、相手を貶めることで、相対的に自分が上であると”思いたい”」だけのことでしかないはずなんです。

それに気がついた時、今までの自分が一体何をしてきたのだろう?自分はなんと小さい人間なんだろう、と本気で悩みました。

相手の「いいところ」だけを汲み取ることを考え始めた

そのことに気がついたあと、名村は基本的に相手が求めない限り「批評・評論」は行わないようにしました。

ただひたすら稽古場で他人の芝居を見ている時、「自分には出来なくて、でも自分ならやってみたい演技・表現」を「自分ならどうやっったら出来るか?」「それはどういうところから出てきた表現なのか?」だけにフォーカスするようになりました。

すると気持ちが一気に軽くなり、色々と楽になりました。
瞬間、瞬間の演出からの評価はもちろんまだ気になってはいましたが、同期のメンバーとの比較は、その一切が気にならなくなりました。

そしてその結果、演技者としての評価はむしろ上がりました。

最終的に僕は演技者としては大成はできませんでした。
それは芸能の世界での資質や同期の中の僕よりも上手な人との差異もあったので、致し方ないことですが、少なくとも演劇の世界にいて、僕は一生使えるであろう考え方を身につけることができたと思っています。

気持ちから出てくる言葉、言葉から変わる気持ち

演劇の世界で気ついたこの感覚の結果、今自分なりに一番大切にしているのは、

自分が思考、実際に発音する言葉に徹底的に配慮する

ということです。

先ほど「伝わった言葉を相手がどう受け止めるかが大事で、発信者の気持ちは関係ない」といいましたが、これは結果からみた内容です。

実際には、殆どの人にとっては「言葉は気持ちから」出てきます。

気持ちが荒んでいる時には荒れた言葉になるでしょう。
気持ちが穏やかであれば優しい言葉が生まれるでしょう。

でも一方で「使っている言葉から気持ちが変わる」とも思っているのです。

優しい言葉を使っていると、気持ちが柔らかくなる。
批判・批評を続けていれば、愚痴っぽくなり、嫌悪感を抱くような表情になってくる。

と思っています。(実際「この人、以前はこんなに厭味ったらしい顔してなかったのに、なんでこんなしたり顔で人前で話をするようになったんだろう?」と思ってしまった方がいました。)

ですので、僕は「実害を被る相手とのディベート」以外は、基本的に思考レベルで使う単語や、実際に音にする単語も、極めて意識して選ぶようにしています。

出来るだけ「相手への感謝や敬意を表す言葉」「丁寧な言葉」を選んで使えるようにしたいと思っています。

使う言葉を変える、気持ちが変わる

盲目的に「お客様は神様です」とは思っていません。

でも、やっぱりこの仕事をしていて、星の数ほどある制作会社の中から選んでいただいて仕事をさせていただいてる訳ですから、そこへの感謝は持ちたいと思うんです。
(僕やサービシンクでなくてもいい理由の方が多いはずですから)

その結果としてまず「使う言葉を変える」、その結果「気持ちが代わり」、結果として「気持ちから生まれる言葉が変わる」と思っています。

結局は「自分が相手をどう思うか?」こそが自分でコントロール出来る事であって、「相手にどう思ってもらうか?」を先にしない方がいいと思うんです。

「相手にどう思ってもらいたいか?」を先んじて考えだすと、それは「承認欲求」に繋がり、自己肯定のための材料として「相対的に自分の方が上」である状況を作るために「他者批判」の方向に進むと思っています。

でも「自分が相手をどう思うか?」という「自分自身の内面」にフォーカスしていれば、スピリチュアル的な意味とか全く関係なくて、単純に「楽」なんです。

他のことに気を使うこともしないし、シンプルだし、自分だけで完結するし、いろいろ早くて楽で、思考のための時間の使い方として効率的なんです。

精神論ではないです。効率的なだけです。

スピリチュアル的な側面だと「そういう考え方をしていると人とつながり・・・云々・・・」みたいな話になるんでしょうけど、そこは知りません(笑)
そういう思考をしていたからといって「仕事がいっぱい来る」のかは分かりません。(弊社もまだまだ仕事を頑張らないといけないので)

ただ、少なくとも「この人の物言い、嫌やなぁ・・・」と思われることはないでしょう。
むしろ「この人の捉え方は気持ちがいい」と無意識的に他者は感じてもらえると思います。

人生、そういったつながりの方が遥かに相手を「思いやれる」と思うし、少し世界が平和になると思うんです。

ギスギスした世界は個人的には好きではないです

ディレクターの仕事はその殆どがコミュニケーションです。

そのコミュニケーションのためにWCANでは「文書術」をお伝えしましたが、「術」の手前の「文書の気持ち」自体は、やっぱり普段の思考に出てくる「単語」をどのように選ぶか?だと思います。

ディレクターとして普段使う言葉はきっと「何より大事」なものであると信じています。

テクニックや、ツールの使い方、ノウハウやドゥハウをどれだけ並び立てようと、相手を思いやれない人にはきっといいディレクションは出来ないと思っています。

稲盛和夫さんの言葉で、

人生·仕事の結果=考え方×熱意×能力

というのがあり、これを僕はネクスト社時代の井上さんに教わった時、衝撃を受けました。

「熱意」は0からプラスしかありません。
「能力」も0からプラスしかありません。

でも、「考え方」は「善悪」、つまり「プラス」にも「マイナス」にもなりえます。
「プラス✕プラス✕マイナス」はマイナスに大きくなってしまいます。

だからこそ、コミュニケーションの前提となる「考え方」が大事だと考えています。

この記事を読んでくれた方が居てくれたら、今からすこし「相手に感謝をし」「自分の使う言葉を選び」「その思いが相手にどのように伝わるのか?」に気持ちをはせてみてもらえるようになると物凄い嬉しいです。


著者・名村晋治のプロフィール

名村晋治

株式会社サービシンク

代表取締役 / テクニカルディレクター

名村晋治

不動産業界に特化したWebサイト制作・システム開発をおこなうサービシンクでプロデュース、ディレクションからテクニカル・ディレクターまでを担当。
元プロの声優であり、Webディレクターとして22年のキャリアを持つ。
(詳細は下の「詳しいプロフィール」をクリックしてみてください。

Webブランディングの入門教科書」、「変革期のウェブ」を毎日コミュニケーションズから出版してます。

詳しいプロフィール

大学二年生の96年からWebの制作集団ネイムヴィレッジを主催。
大学卒業の99年までの間に100社ほどのサイト制作の企画、ディレクション、デザイン、Perlでの開発、マークアップに携わる。
大学卒業と同時に俳優になるために上京し俳優修業開始。
2000年からは俳優修業の傍ら不動産検索サイトHOME'Sを運営している株式会社LIFULL(旧:ネクスト)に合流。
俳優としては、舞台演劇、プロの声優としても活動したが最終的30歳を目前に足を洗う。

2005年に株式会社LIFULLが自社媒体に注力するためSips業から撤退する事をきっかけとして、代表の井上とシェイクハンドをして退社。

2005年から株式会社ソナーに合流し取締役なども歴任し不動産業界のサイト制作のディレクションからフロント実装を担当。

2010年1月12日から株式会社サービシンクを立ち上げ、代表取締役に就任。
不動産業界に特化したサイト制作のアートディレクション~HTML実装設計~システム設計のすべてに携わるジェネラリスト。
基軸としてはクライアントの商売に寄り添うために、徹底的に思考を巡らせるためのディレクションを行う。
Webブランディングの入門教科書」、「変革期のウェブ」を毎日コミュニケーションズから出版してます。

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