あらためて、Web 2.0って何だったんだろう?を考えてみた。
2007年11月25日
先日「Web 2.0」の提唱者、ティム・オライリーが10年ぶりに来日していろいろなメディアで露出があったのは記憶に新しいです。
で、この「Web2.0ってなんぞや?」論について、今こうやって名村も書いてはいるのですが、一番記事として面白く納得がいき、拍手喝采を送りたかったのは、かの2ch管理人でもあるひろゆき氏がティムへ直接質問したという、「ひろゆきがティム・オライリーに直接きいた、『Web2.0ってなんだったの?』」の記事だ。
名村は以前から、「Web2.0は10年ほど前の『マルチメディア』という言葉よろしく、実態がなく、ましてやそれそのものはサービスではない」というスタンスだったので、全くと言っていいほど「Web2.0」そのものには関心が湧かなかった。
動画配信や、無料の写真サービス「プリア(priea)」とかって、ユーザーに対して具体的なサービスを提供できるものは、それそのものが具体的であるが故に、経済活動に結びつきやすい。
しかし「Web2.0」そのものは、どこにも実態がなく、あくまで概念を指し示す言葉でしかないが、特に日本では耳心地がいいバスワードの一つであったために、瞬く間に広がり、猫も杓子も「Web2.0」といった風潮が一時席捲していて、ほとほと嫌気をさしていました。
(諸事情で見ることになった某社の提案書でRSS配信のところにでっかく「Web2.0的!」というのを見た時には本当に「orz」ってしそうになった(笑))
また今でも「Web2.0的」って言葉を(なんとなく)説明できた人はいても「Web2.0」を完結に一言で説明できた人には出会ったことがないのも一因だと思う。
その意味では、名村が就職活動時代に全盛期だった「マルチメディア」も、就職面接で「今の時代はマルチメディアですよ!」と意気揚揚と語り、面接官に「ではマルチメディアってなに?」と突っ込みをうけ撃沈していった友人が多数いたのを思い出します。
ただ、今回テォムの話の中であった「Web2.0とは何ぞや?」への答えとしての2つのキーワード、
- “Return of the Web”
- “Peopleware”でありどんなデータベース資産を蓄積しているのか?
という部分にはすごく共感ができたし、なるほどと思えた。
正直前者はいまいちまだ腑に落ちていないが、これは解釈力の問題。
後者は極めて腑に落ちる。
世間で「Web2.0的」というと必ずと言っていいほど出てくる「Ajax」ではあるが、そのイコールの図式がそもそも理解できなかった。
なんでAjaxの動きや仕組みがWeb2.0なのか?と。
あれは、HTMLやFlashなどと同じ純然たる「仕組み」でしかなくて、サービスなどでは全くない。
にも関わらず世に出ていた「Web2.0企業」は既存のデータをAjaxを利用した技術を中心に(その方が目立つからね)マッシュアップしたものを提供しているところがもの凄く多いと感じていた。
それゆえ、ティムの「どんなデータベース資産を蓄積しているのか?」という問いを投げかけるという下りには、何かつっかえていたものがとれた気分だった。
つまりひろゆき氏がまとめているように、やはり根本は「データ」であり、有形で具体的な「資産」がそこにあり、それが爆発的に増えて過ぎている中でそれをどうにかしたらもっと有益な形になるのではないかな?と思い始めた過渡期が「今」であり、その先の「(多くの人にとって)有益なデータの授受の仕組みがあるいつになるか分からない未来」を示す言葉として「Web2.0」をティムは使ったということだろう。
と名村は理解したような納得したような。
その意味では、小川さんが「XML純度が高くなれば・・・・云々」というのも、理解がやっとできるようになった。
その他の多くの方の言葉もまたしかり。(それでもワケワカな人はたくさんいますが)
ただ、「提唱者だからそりゃ当然」ってのは別問題として、それほど端的に説明できる人が今まで名村が知る限りの中では誰もいなかったのは、やはり誤解を恐れず言うなら「踊らされていて、とりあえず言っとけ!的な状態でWeb2.0を広げた」人々が圧倒的に多いって間違いがないと思う。
一方で、最近よく「検索エンジンはどうなると思いますか?」という質問を客先でよく受け、その度にGoogleのパーソナライズ検索の事を思い描くわけですが、Googleはティムの言っているWeb2.0を彼らの持つ資産を利用して提供しようとしているのかもしれませんね。